画像: はるか・くりすてぃーん…1992年1月26日生まれ。スイス連邦チューリッヒ市出身。バラエティー番組を始め出演。番組は多数。2月に『ナショナリズムをとことん考えてみたら』(PHP出版)を出版している。 撮影・蔦野裕

はるか・くりすてぃーん…1992年1月26日生まれ。スイス連邦チューリッヒ市出身。バラエティー番組を始め出演。番組は多数。2月に『ナショナリズムをとことん考えてみたら』(PHP出版)を出版している。 撮影・蔦野裕

 今年デビューから5年を迎えた、春香クリスティーン。生まれ育ったスイスで日本のテレビ番組を見ながら日本へのあこがれを募らせていた彼女の生き方を大きく変えたのが、オーディション「ホリプロタレントスカウトキャラバン」。演技にグラビア、ものまねやカラオケ、さらには政治とさまざまなフィールドで活躍する彼女にインタビューした。

 スイスのチューリッヒで生まれ育った春香クリスティーン。彼女が、ここ日本で人気者になったのは、日本そして日本のテレビ番組への強烈なあこがれがあったからだという。
「私、タレントになりたいだとか、女優になりたいだとか、夢とか目標みたいなものが全然なかったんです。幼いころから衛星放送で日本のテレビ番組を見るのが大好きで、見ているだけでこれだけおもしろいんだから、テレビの向こう側に行ったら、もっと楽しいんじゃないかって思っていたんです。それで何て言うのかな、あこがれ、かな。あこがれだけで今までやってきた感じがしています」

 2008年に日本の高校に編入する前までは、夏休みになると日本に来ては、“テレビの向こう側”を体験した。

「情報誌でエキストラ募集みたいなのを見て、バスケットボールの試合で応援席にいるたくさんの観客の1人として参加したのが最初で、それから『アッコにおまかせ!』であるとか、番組観覧にも行きました。テレビの向こう側は思ってた以上に楽しくて、すごくおもしろかったです。そんなことをしているうちに“もっと向こう側”に行ってみたい気持ちにもなりました。それからですね、インターネットでオーディション情報を交換するページを閲覧したり、いろいろな芸能事務所のホームページを見たりして、情報収集するようになったんです」

“テレビのもっと向こう側”へ

 現在、ホリプロに所属し、“テレビの向こう側”で活躍する。そのきっかけとなったのが、綾瀬はるかや石原さとみなど今をときめく才能を輩出している老舗オーディションの「ホリプロスカウトキャラバン」に参加したこと。

「全部で3回受けています。いろいろなオーディションがありますけど、私の場合、父親が知っている事務所でないと許してもらえないということもあったので、歴史あるホリプロというのは大きかったですね。最初はスイスからインターネットで応募して、2回目からは日本で。3回目は大学受験の年と重なっていたんですけど、応募しました。大学が決まってからって考えもあったんですけど、毎回テーマが違うし、応募できる対象年齢も変わったりすることもあるので、出すしかないなって思ったんです。あの時は、これで最後だ!ぐらいの気持ちもあったかもしれません」

 全員面接のスタイルで行われたオーディションには「リクルートスーツ」(スタッフ談)で参加。本人によれば、狙ったわけではなく「ファッションセンスがない」という自覚から「とにかく清楚に行こう」と選んだという。面接ではガチガチになり「100点満点なら5点。それだけでも点をもらってるなってぐらい」の出来。受賞はなかったが、彼女の一生懸命さや“テレビの向こう側”への強いあこがれが事務所の目に止まり、現在に至っている。

“あこがれ”を追い続ける

「今年でデビューして5年になります。ずっと、いただいたお仕事、目の前のお仕事を一つひとつ丁寧にやることを続けてきただけなんですが、いろんな地方を訪ねることができたり、政治家の方にお会いできたり、自分が観覧に行っていた『アッコにおまかせ!』に出演させていただけたり……、日々、お仕事をするなかでうれしさや楽しさを感じています。こんなふうになるなんて、以前の私には想像もつかなかったですから。“あこがれ”を追い続けて来て良かったって思っています」

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