画像: 【黒田勇樹のハイパーメディア鑑賞記】“音タコ”を観て思う“日本の伏線回収ブーム”

【黒田勇樹のハイパーメディア鑑賞記】“音タコ”を観て思う“日本の伏線回収ブーム”

「音量を上げろタコ!なに歌ってんのか全然わかんねぇんだよ!!」を観た。
吉岡里帆さん演じる声の小さなストリートミュージシャンと、阿部サダヲさん演じるロックスターのドタバタ青春コメディ映画。のっけから終盤までひたすらテンションが高い。よくよくセリフだけ聞いていると、とっても青臭くて甘酸っぱい青春映画だが、ハードロックのライブで始まるオープニングから、ちょっとでも観客が飽きそうならば、トゥーンアニメの様な演出を入れてみたり、突如ホラー調になったり、何なら劇中韓国に行く場面では画面の色合いも変えて、まるで韓国映画の様な演出に。
手段を選ばずに、あの手この手で観客を楽しませてくれる素敵なエンターテイメント作品だった。
が、しかしここで思うのは今日本の映画やエンタメ界に蔓延する“伏線回収ブーム”である。
毎週何本もの2時間ドラマや刑事ドラマが放送され、事件の“謎”という張り巡らされた“伏線”を、終盤で探偵役が回収しまくる文化圏で暮らす我々には、結構立派な“伏線アンテナ”が備わっている。
人気漫画ワンピースの最新話が公開されるたびにネットでは「〇年越しの伏線が回収された!」「いや、ただの後付けだ!」と、大論争が起こり、前半30分ではひたすら伏線を張り続け、後半30分でただただ丁寧に回収をし続けた「カメラを止めるな!」は、自主映画の歴史を変える大ブームを巻き起こした。
乱暴に言ってしまえば、日本人は伏線が回収されれば満足なのだ。
この“音タコ”は、伏線がほとんど回収されない!
妹は!?手術は!?怪しい医者は!?ドーピング薬は!?
冒頭からギャグに織り交ぜ出てくる意味ありげなアイテムたちは、物語の進行は助けるものの、その後に活躍することも回収されることもほとんどなく終わっていく。
ストーリの根幹は先述したようにストレートな青春映画だから、観客が冒頭で想像した通りのラストシーンにたどり着くので(いや、すっごい面白い映画なんですよ?)、伏線マニアにもたらされるカタルシスは、一切無い。
同じ「伏線を一切回収しない」スタイルで大成功したのは「三度目の殺人」。タイトルすら伏線に見せて、最後まで正解を明示しないことで、観客に大きなカタルシスをもたらした。
これはひとえに「日本の裁判制度への懐疑」というテーマ性に、その「回収されない」こと自体が寄り添っていたからである。
最近の邦画大ヒット作である「銀魂」シリーズも、音タコと同じようにギャグでガンガン話を進めるスタイルだが、原作の主戦場がワンピースと同じ少年ジャンプなので意外と丁寧な伏線回収がちりばめられている。
難しいことなんか考えず、頭空っぽにして観ればとっても楽しい映画なのに、この“伏線ブーム”に侵された観客たちが“物足りない”と思ってしまっているならば非常に残念だ。
最後に、僕が最大のカタルシスを感じた、この映画の素晴らしい“映像による伏線”と言ってもいい“演出”をお伝えしたい。
それは、韓国映画風にした画面の色が、最後に日本での“ある場面”で戻ってくる瞬間である。
日韓で離ればなれになった主人公2人の心が通った瞬間を画面の色合いで一気に回収している。
映画には、こういった「頭で考えすぎると見逃してしまう伏線回収」も沢山存在するので、観客の皆様には是非、広い心と空っぽの頭で劇場に足を運んでもらいたいものである。
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