画像: 福島県白河市から生まれた“七転び八起き”ヒーロー、ダルライザー見参!

福島県白河市から生まれた“七転び八起き”ヒーロー、ダルライザー見参!

“普通の人”が演じることが重要だった。悪の組織も白河市民が熱演!
白河市の名産である〈ダルマ〉と「起き上がる」という意味の〈ライズ〉を組み合わせたヒーロー、ダルライザー。しかし彼は、自分で縫製したスーツを身に着けるだけの“普通の人”。それでも愛する地元と、そこで暮らす皆の未来を守るため、何度転んでもどんなに傷ついても、あきらめることなく立ち上がる。
そんなご当地ヒーロー・ダルライザーが誕生したのは2008年のこと。
「もとは平成の大合併の際、新たになった白河市のキャラクターを考えようという商工会議所青年部の企画があり、企画会議ではゆるキャラ案ばかりが出ていたんですが、家に帰ってから面白い会議だったなと思い、ヒーローだったらどうかなと思いついたんです。で翌日、会長にデザイン案を見せに行ったら面白いからやったほうがいい、と商工会議所青年部の中に委員会を立ち上げてくれてプロジェクトがスタートしたんです」
その後、ダルライザーは地域のイベントやご当地ヒーローショーなどで活動していたが...。
「当時、僕は父が経営する結婚式場で働いていたんですが、あるとき人口減少社会についての講演会が行われ、スタッフとしてその講演を聞いていたんです。2050年には日本の人口が1億を下回り消滅する地方自治体も出てくるという話にすごく考えさせられました。それ以来、地域の未来のことをいろいろ考えるようになって、結婚式場でも食品廃棄を改善できないかと社長である父に相談してみたのですが結婚式場はこういうものだ、と」
さらに2011年には東日本大震災が起こり、その後も福島県は原発事故の影響を大きく受け続けた。
「自分はダルライザーを通してもっと、地域で暮らす人々を勇気づけたり、未来のためにできることを訴えていこうと思いました。でもヒーローショーに来てくれる人の数には限界があるので、より多くの人にメッセージを伝える方法はないかな、と思って出てきたのが映画化という案でした。それで、旧知の佐藤克則監督に相談したんです」
和知自らプロデューサーとなり企画が始動。しかし次々と困難が...。
「最初の難関が出演者でした。ダイスという悪の組織を演じているのは全員、白河市の一般市民なんですが、彼らは当初からダイスをやってきたメンバー。彼らが出てくれれば、以前からのファンにとっては、あのダイスが顔出しで映画に出てる!ということになるわけで、それがやりたかったんですが“プロの俳優に頼んだ方がいい、僕らには無理だ”と言われてしまって。これまでヒーローショーでは、声優さんが声を付けてくれていたので、彼らはそれに合わせて動いていればよかったけど映画までは...と。でも僕は白河市の人々がでなければ、皆さんがダイスをやらなければ意味がないということを伝え、演技トレーニングに参加してもらうところから始めたんです。それと同時進行で、監督と脚本のやり取りを16回くらい繰り返し、本当に苦労して試行錯誤の末に完成させました。最終的に撮影の予定を1カ月ずらして監督がまとめ上げてくれたんですが、撮影するまで不安でしたね。でも、何度転んでも起き上がる主人公の姿を演じているうちに、これがダルライザーだと現場で実感していました。改めてヒーローとは何か、ダルライザーとは何かを考えさせられましたね」
ダルライザーであるために重要だったこととは。
「いかに普通の人間のままで内面の成長を描いていくか、という部分ですね。コスチュームを着ているとどうしても強く見えてしまう。画面で見ると、自分で言うのもなんですが、メジャーなヒーローとあまり変わらなく見えてしまうんです。ヒーロースーツでゴミ拾いをしたり、劇団にダメ出しくらったりするシーンを監督が入れてくれたおかげで“自分たちと変わらない”ヒーローであることが伝わったんじゃないかなと思います」
ハリウッドも一目置く武術家をアクション監督に招いたら直弟子に!
同時にダルライザーはあきらめずに努力するヒーロー。強くなるために武術を学び、熱いアクションも披露する。アクション指導を担当するのは『ダークナイト』や『アウトロー』などに採用された、KEYSI(ケイシ)の創設者フスト・ディエゲス。本作に出演もはたしている。
「ダルライザーを作ったころ『バットマン ビギンズ』が好きで、DVDのメイキング映像を見てケイシという武術があることを知りました。すごくあこがれて、ダルライザーのショーで見よう見まねでやっていたんです。映画化するとなったとき、日本のスーツアクターの方にアクションのことを相談していたんですが、他のヒーローと同じアクションをしても到底、勝てないと思いました。だったら、ずっとあこがれていたケイシを学びたい、と日本で教えてくれるところを探したんですが見つからないんです。仕方なくスペイン本部のホームページを見ると“contact”のボタンがあり、押したら問い合わせフォームが出てきたので、I want to learn KEYSIと送ったら、すごい長文が返ってきて。英語の先生に助けてもらいながら映画で使いたいという相談をしたところ、1度話を聞かせろということになり、そこで初めてフスト先生とスカイプでお話しすることになりました。何のために映画を作るのか、と問われ、福島は知っていますかと尋ねると、もちろん知っている、原発事故のことは心を痛めている、と言ってくださって。その福島の人々や子どもたちに未来の希望を持ってもらえるような映画を作りたいということを話したところ、その場で協力しようと言ってくれたんです。通訳してくれた方も驚いて本当に大丈夫?って確認していました(笑)。映画にケイシを使いたいのか、ケイシそのものに興味があるのかと質問されたので、実は前々からあこがれていて、という話をしたところ、それなら君がまずインストラクターになりなさい、と。君がスペインに来て学ぶか、もしくは僕が日本に行って教えてもいいと言ってくれたんです」
かくしてハリウッドアクション映画界でも一目置かれるディエゲス氏が本作のために来日。
「先生は14日間ほど滞在され、1週間くらいは1日7時間じっくり教えていただきました。ひと段落したところでテストされ、クリアしたら“OK、明日から道場を開きなさい”と。ビックして、1年後にそのテストがあるのではと聞いたら“覚えたことを人に伝えながら学ばないとすぐ忘れちゃうよ”と言われて、1カ月もしないうちに道場を開いたんです(笑)。でも生徒さんに教えながら、なぜできないのかどうしたらできるようになるのか自分でも考えるので気づくことがすごいあるんですよね。先生がおっしゃる通りでした。ケイシは技を12年に分けて習得していくんです。だから最初の1年で教えられるのは立ち技だけ。それを習得したら次の年に立ち膝の技...というふうに進んでいく。だから道場を開いたといっても僕もまだひよっこなんです。でもこの教え方は理にかなっていると格闘技専門誌などでも取り上げられました。日本では師範が年をとった人ばかりになってしまっているから、参考にしてもいいのでは、と」
ハリウッドのアクション映画界でも一目置かれるディエゲス氏と、運命的な絆を結んだ和知。
「初めてお話しているときから運命的な出会いを感じていました。僕とケイシが誕生した年が同じだったり、ケイシの合言葉が“NUNCA TE RINDAS”=ネバーギブアップ、まさにだるまの七転び八起きに通じていたり。そして、敵を倒すための武術ではなくて自分を守るための武術であるということ。フスト先生は“君自身を守ることは、君の子どもを、未来を守ること。そのための護身なんだ”とおっしゃっていました。未来を守る。それはまさにダルライザーのテーマなんです。先生も同じことをおしゃっていて、最初から僕をすごく信頼してくれました。彼はすごくまっすぐな目をしているから大丈夫だ、って。また、先生ご自身が最初に触れた武術が空手だったので、日本の精神をとても尊重してくださっていたことも大きかったと思います。インストラクターになるために、普通は4カ月分ずつ教わるんですけど、僕らの場合は1年分を1度に教えてくれたんです。理由を聞いたら、遠いからなかなか来れないし、日本人は先生を敬うから、と。中には先生をリスペクトせず、すぐ金儲けに走るやつがいるんだ、と言ってました(笑)。先生には、白河名物のラーメンを食べたり、市長とお会いしたり日本の滞在も楽しんでいただきました。先生の地元と白河が何となく似ている、と言うので本当かなと思っていたんですけど、その後昇格テストのためにスペインに行ったら本当にどこかしら似ているんです。のどかで、お城があって。今度また、黒帯のテストのためにスペインに行くんですよ。ダルライザーの活動と合わせて地元にケイシを広めています」
誰かを笑顔にすることができたら、それはヒーローの証
日本におけるケイシの第一人者となった和知だが、自分は強くもヒーローでもない、と言う。
「この映画で伝えたいことが、まさにそれなんです。今、地方はどこも同じような問題を抱えていると思います。自分の地元を何とかしたいなら、自分たちが頑張らないといけないんです。今回の全国公開を機に、地方の一般市民がこんな映画を作ることができるということを多くの人に知ってもらいたい。あの人たちだからできたんだ、ではなく自分たちにもできるかもしれない、もしかしたらすでに誰かのヒーローかもしれない、という部分に目を向けてほしい。このタイトルに込めた“ライズ”=立ち上がれ、というメッセージが伝わって、地方創生の1つのモデルになれればうれしいです。今回、ほとんどのキャストは白河市民で、アクションシーンもプロのスタントは入れなかった。フスト先生も本気か?って驚いていましたけど(笑)、プロだって最初は素人だったはず、ごく普通の市民がその最初に挑戦しているんですと言ったら、確かにクリストファー・ノーランも最初はショートフィルムから始めたからな、と納得してくれて。本作は、地方の可能性、市民の可能性を伝えるための映画でもあると思っています」
初めてダルライザーとなった日のことを和知は今でも覚えている。
「2008年市のイベントで初めてスーツを着て参加し、名前募集のチラシを配ったんです。そのとき、幼い3兄弟が近寄ってきたんです。小学生くらいのお兄ちゃんと5歳くらいの弟、ベビーカーに乗ってる赤ちゃんだったんですけど。お兄ちゃんが“すみません、握手してください”と言うのでうなずくと、弟の手を引っ張って僕に差し出したんです。で握手したら“この子もいいですか”とベビーカーカーを向け、最後に“僕ともいいですか”って。握手し終わってそのままベビーカーを押して帰るのかと思ったら、お兄ちゃんが “あ、そうだ!”と振り返り“ありがとうございました”お辞儀したんです。僕はすごく感動してしまって。彼こそヒーローだと思いました。僕は、講演を行わせていただくこともあるんですが、いつも“誰かを笑顔にすることができたらそれがヒーローだ”とお伝えしています。この映画を見た方も、自分も誰かのヒーローなのかも、という可能性に目を向けてくれたらうれしいです。」
人々がヒーローを求めるのは、自分の中のヒーローを探すためなのかも。それを見つけるまで何度転んだっていい、そう思わせてくれるヒーローが日本中を熱くする!
(TOKYO HEADLINE・秋吉布由子)

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