画像: 識者が語るシド・ミードと映画「ブレードランナー」以後の未来像

識者が語るシド・ミードと映画「ブレードランナー」以後の未来像

新・文芸坐で映画『ブレードランナー2049』が特別音響上映
現在、末広町のアーツ千代田3331で開催中の「シド・ミード展 PROGRESSIONS TYO 2019」の関連企画として5月1日、池袋の新・文芸坐でミード氏が関わった最新の作品である映画『ブレードランナー2049』が特別音響上映された。
映画の上映後にはミード氏の記録映像『「Kronovid」part1-KRONOLOG(クロノログ)より』の上映とスペシャルトークイベントが開催された。
トークイベントにはシド・ミード展実行委員長を務める植田益朗、映画評論家でクリエイティブディレクターの清水節、かつてSF専門誌「SFアドベンチャー」の編集長を務めたプロデューサーの関智、「WIRED」の前編集長である若林恵の4氏が参加した。
「Kronovid」は1991年に制作されたレーザーディスクで3つのパートからなる作品。この日はミード氏がデッサンから作品を作り上げるまでの工程の一部が上映されたのだが、この映像の中で手がけられていた作品の完成形は「シド・ミード展」に展示されている。
見る前には戻れないくらいの世界
この「Kronovid」を含む「KRONOLOG」は1991年に3500セットしかプレスされず、1枚4万5000円したという代物。会場内には当時購入したというファンが何人かおり、登壇者を驚かせる場面も...。
トークイベントではSFの金字塔といわれる映画『ブレードランナー』の世界とその続編の『ブレードランナー2049』とともにシド・ミード氏の描く未来デザインをひも解きつつ、以降のSF表現や思想を考察した。
『ブレードランナー』が日本で上映されたのが1982年。関氏が当時を振り返り「その時見た衝撃は、見る前には戻れないくらいの世界だったということ。ただ試写会で“これは暗くてダメだ”という人もいた。それまでのSFは愉快で楽しいものが多かった。それに比べると『ブレードランナー』はハードボイルドで大人のテイストだった。当時20代の自分も含めて、みんなショックを受けて、その後のクリエイターは未来像といえば、当時のブレードランナーのようなディストピア、つまり“ユートピアじゃない世界”を描くようになった。大友克洋の『AKIRA』は典型的なもの」などと話す。
『ブレードランナー』における世代間ギャップ
これを聞いて4人の中では世代的に1人だけ若い若林氏は「僕は1971年生まれなので、小学生。1つ上の兄貴が見に行って、“くそつまらなかった”と言って帰ってきた(笑)。小学生では無理。“ブレードランナーというのは面白くない”と思って育っている。その後に興味を持ちだすと、こういう方々(関氏ら)が“見た後と前では違う人間になっている”とか言われるが、興行的には失敗したと聞いている。評価はどうだったのか? 僕の疑念は、“みんながすごいと言うが、実はねつ造しているんじゃないか?”ということ(笑)」などと『ブレードランナー』における世代間ギャップを感じさせた。
清水氏は「新宿ミラノ座の初日に行ったが1000人超のキャパに十数名しかいなかった。みんな暗い表情しながら出てくる。僕も正直1回目は面白いと思わなかった。なにか今までとは違うものを見てしまったという感じ」と振り返る。
また若林氏は「正直言うと、最初のブレードランナーは“言説”が多すぎて、映画として素直に向き合うのが困難。いろいろあるんだろうなと思った。でも、「シド・ミード展」に行って改めて思ったのは、“すごくロサンゼルスだな”ということと“ノワール”がすごく意識されていること。(レイモンド・)チャンドラーっぽい世界。リドリー・スコット監督のインタビューも見てみたが、フィリップ・マーロウの話もよくしているし、40年代50年代のロサンゼルスの景色だし。ヴァンゲリスの音楽もみんな褒めてるけど大した音楽じゃない。アルバムはよくできているが、未来っぽい音楽は実はやっていない。YAMAHAのシンセを使って、ノワールっぽい音楽を作った。サックスなんですよね。リドリー・スコットが言っていることで面白いのは“舞台設定は40〜50年先だが、40〜50年前にも見えるようにした”ということ。その時間の取り方、実は未来と過去が分からないつくりというのは結構面白いというか作品の魅力になっている」とも話した。
“レトロ・フューチャー”という名の下に追いやられてしまったミードの描く未来
後半では「ブレードランナー」からミード氏に軸を移してトークを展開。
清水氏は「ある時期からミードの描く未来は“レトロ・フューチャー”という名の下に追いやられてしまった。『エリジウム』という作品では格差社会が激しくなり、富裕層だけが住んでいるスペースコロニーをデザインしていて、ミードが“人類がそうなってほしい”と思って描いていたものが、格差社会、資本主義の行き着いた先の姿として使われている。そして『ブレードランナー2049』のラスベガスは、20世紀のアメリカの夢が潰えたものが描かれている」と指摘すると若林氏は「僕はWIREDをやっていたんで“じゃあシド・ミード好きでしょ”って言われるんだけど、さほど思い入れのない立場からすると、割と“みんなシド・ミード好きすぎ”って思ってます。これは、ある種の“縛り”です。SFの世界像の設定やイメージ、テクノロジーってもののありようが、特にデジタルが世界の中に入ってきちゃうと、実は過去に映画で描かれたことを、ある部分では(現実が)通り越していて、SF的な思考そのものが、“20世紀的なもの”になっている可能性があって、いわゆる科学技術がスペキュラティブ(問題提起)に捉えられることで、仮想できることが失効しつつある。つまり“過去に作られたSFイメージを踏襲しすぎてないか?”ということで、結局(スタンリー・)キューブリックと、ミードの世界像にガチガチに収まっていて、それはそれで楽しいけど“新しいな、この未来の描き方は”っていうのは、実は少ないような気がしている」と話した。
ミード氏が未来に伝えたいこととは?
このやり取りを受けて植田氏は「そういう(新しい未来を描くことのできる)若者に出てきてほしい、というのがミードの伝えたいこと。『シド・ミード展』では、彼のテクニックはもちろんですが、絵から出てくるミードの“圧”といったものがすごく感じられる。そういうことを若い人に理屈じゃなく、感じてほしいと思っています」と話した。
『シド・ミード展』では関連イベントとして「フューチャー・デザイン・コンテスト」を開催している。これはミード氏がこれから先の未来に活躍する新しいクリエイターたちの才能を開かせる機会を与えたいという思いから実施されたもので、ミード氏が投げかけた「Vehicle=人が運転をしないであろう未来のすべての乗り物」をテーマに30歳以下の若者からデザインを募集している。
若林氏は「正直、(SF映画に)陳腐な表現は多いですよ。映画を見ていてケーブルにプシューッとかなるの“もうちょっと考えようぜ”と。ですから」としたうえで「フューチャー・デザイン・コンテストには、ちょっと期待したい。“かっこいい”みたいな話じゃなくて、“もしかして、カタチがないかも”という(未来の乗り物)を、どう表現するか」などと話した。
清水氏も「映画っていうメディアは基本的に20世紀のメディアだったと思う。スピルバーグがNETFLIXを排除しようとしたりいろいろな動きがある中で、映画という形は残り続けるでしょうが、また新たな、VRみたいなものが出てきている。次々とメディアの形が変わっていく中で、もう一度シド・ミードさんのデザインや携わった映画を見て、なにかそこにヒントを得て、次なるメディアに生かすといった発想の仕方もありなんじゃないかと思う」などと話した。
『シド・ミード展』は5月19日まで開催(https://sydmead.skyfall.me/)。

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