画像: 自民党への入党にあたって【長島昭久のリアリズム】

自民党への入党にあたって【長島昭久のリアリズム】

前回の本コラムで、私は「政権を担い得る政治勢力」の再結集を訴えました。この間、私なりにその道を懸命に模索しましたが、力及ばず断念。二大政党への夢破れ、進退窮まった私はついに自由民主党への入党を決断、政府与党の一員として政策実現を最優先に全力で働く道を選択しました。以下は、入党届提出直後の記者会見の抜粋です。どうか私の思いの一端をご理解ください。
まず何よりも、これまで、私自身の選挙はもとより、各種の選挙戦を通じ、あるいは国会論戦を通じ、政府与党を厳しく批判し対峙してまいりました私を、寛容にも快く受け入れくださった二階幹事長はじめ自由民主党の皆さまに心より感謝申し上げたいと存じます。
私は、国政を志して以来40年、我が国の外交・安全保障体制を確立し、国際社会をリードできる日本をめざし、ひたすら研鑽を積んでまいりました。その意味から、初当選以来、「外交・安全保障に与党も野党もない、あるのは国益のみ」を信条として国会活動に取り組んでまいりました。このことは、長く野党陣営に身を置いてきたとはいえ、「保守政治家」としての誇りでもあります。
私は、これまで一貫して二大政党制の確立を掲げて参りました。政権交代可能な政治を実現するためには、政権を担い得る健全野党の存在が不可欠であります。ところが、その根本を見失い、自衛隊も日米安保も天皇制をも否定する共産党との選挙協力を公然と進め、衆参両院における憲法審査会の開催を阻み続け、国民の権利ともいうべき憲法論議の機会すら奪って顧みることのない今日の野党勢力の在り様は二大政党には程遠く、もはや私の政治信条とは相容れないものとなってしまいました。さりとて、無所属議員では、国政への参画はおろか、政策実現もままならず、国民の付託に応えることもできません。
その意味では、この度の私の決断は、遅きに失したと言わざるを得ません。政治は結果責任。政策実現こそ政治家の使命です。激変する国際情勢や少子高齢化の進展など、我が国が直面する内憂外患の深刻さを考えた時、政策実現に要する時間的猶予は日に日に切迫しており、これ以上現状に甘んじることはできないと強く認識するに至りました。
この上は、政治家としてまさに一から出直す覚悟で、自由民主党の一員として、国家国民のため、そして将来世代のため、全身全霊全力で働いてまいります。今後ともご指導のほどよろしくお願いいたします。
最後に、このたびの私の決断によって、今日まで「非自民」ということでご支援いただいた地元有権者の皆さまはじめ、地方議員や労働組合、諸団体の皆さまには、そのご期待を裏切る形となったことを深くお詫び申し上げます。また、これまで苦しい時も励ましてくださった旧民主党の同僚議員の皆さまにも心より感謝申し上げます。
(衆議院議員 長島昭久)
【長島昭久プロフィール】
東京21区(立川市、日野市、国立市、および多摩市・稲城市・八王子市の各一部)衆議院議員。元防衛副大臣。慶應義塾大学で修士号(憲法学)、米ジョンズ・ホプキンス大学SAISで修士号(国際関係論)取得。現在、衆議院文科委員会委員、子どもの貧困対策推進議連幹事長、日本スケート連盟副会長兼国際部長、2017年6月より日本体育協会(現在は「日本スポーツ協会」)理事

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