画像: 川﨑真一朗「みんなが自分を応援してくれていることに胸を張れるようなファイターになりたい。」

川﨑真一朗「みんなが自分を応援してくれていることに胸を張れるようなファイターになりたい。」

有名大学出身、一流企業での社会人経験を持ち、自らを「脱サラ格闘家」と称する異色のファイター、川﨑真一朗。2018年8月以降に3連勝を飾ったのち、2019年8月のK-1大阪大会で前Krushスーパー・ライト級王者篠原悠人に挑戦し破れたものの、ライト級トップ戦線へのコマを着実に進めている。そして2020年1月25日(土)東京・後楽園ホール「Krush.110」にて、2018年12月、K-1ライト級世界最強決定トーナメント・リザーブファイトで勝利した東本央貴との再戦が決定した。
次の試合に向けての心境は?
「試合は常に挑戦であるという気持ちでやっているので、変わりなくいつも通りにしっかり仕上げていきたいです。最初に対戦相手を聞いた瞬間はちょっと戸惑うところもあったのですが、受けたからにはしっかり最高のパフォーマンスで勝利するところをファンの方にお見せしたいです」
戸惑いというのは?
「2018年末に勝利した相手であり、彼はそこから4連敗している。一方、僕はそこから3連勝し、8月の大阪大会ではライト級戦線のトップクラスにいる篠原選手と対戦。良い試合を繰り広げたと言ってもらえていたその次に4連敗中の選手と試合をしなくてはいけないというのは、正直に言えば最初は気分が沈みました。ただ僕自身も試合期間がちょっと開いていますし、ファイターたるもの戦うことが仕事ですからね。きちんと気持ちを切り替えて上を目指したいと思っています。例えばこの試合をKOで勝利できればマイクのチャンスもあると思いますし、先を見据えて向けてしっかり勝って、アピールしていきたいです。(カードが発表された2019年12月に28歳になり)あと2年で30歳になるのでそれまでにベルトを獲りたいと思っていますので」
前回の敗戦で自分の勢いが止まってしまうかのような不安も?
「いえ、そうは思っていません。負けてしまったことで積み木が崩れるような感覚は正直ありましたけど、Kー1という舞台に現時点で2回出させてもらえ、トップ戦線の選手とやれるところまで来ました。次があればこそですね。勝てなければ次はない、ベルトを巻くまでは上にいくことだけを考えています」
K-1ファイターとしてキャリアを重ねつつある現在、自分はどういう存在になってきていると感じていますか?
「周りと比較してということだと、まず“真面目すぎる“こと。それから“ほかのファイターたちはカッコいいし華やかなのに自分は地味やなぁ......”と思っています。たとえば武尊選手はKー1ファンはもちろんのこと、ファン以外の方にも知られている。でも僕はKー1ファンの中のさらにごく一部。もちろん気づいてもらえるようになったことは1つの変化としてうれしいですが、まだまだ全然、選手としてはダメだなと。他競技ならイチローは野球選手、羽生結弦はフィギュアスケーターというように、誰もが名前だけで何者か分かるような人がいる。格闘家でも武尊選手はそこまで行っていますよね。テレビ番組にも出て、試合では観客がスタンディングオベーションする、これは完璧ですよね。そのことでKー1そのものを外に広めているのが凄いと思います。だから自分を知ってくださっている方々に感謝はしていますが、それで浮かれている場合ではないと思っています。一方で、応援してくれる人がいることがモチベーションでもあり、もし年齢が同じなら一緒のリングに上がりたいだとか、応援してくれる人が“お前は俺の夢だ”と本気で思ってくれている。その人たちを会場に連れて行きたい。高校球児なら“甲子園に連れていく”というような感じです。可愛がってくれているみなさんに恩返しがしたいし普通ではありえないことをプレゼントしたいんです。自分が良く言われようが悪く言われようがどう見られてもなんとも思わないのですが、胸を張って“K-1の川﨑の応援してるんだ!”と言ってもらえるようにしたいですね」
対戦相手の分析力の高さも知られていますが、どのような方法なのでしょうか。
「同じ動画をひたすら見ます。何回も何回も流し見しているとパターンが見えてくるんです。“これが来たら、これが来る”というのはどんなにトレーニングしても抜けない癖があると思うので。特にKrushやK-1はみんなレベルが高くて癖が抜けないので、そこをしっかり見抜いて撃つというのが自分のやり方です。試合の光景は基本的に映像で横からになってしまうのですが、試合を下から見ている感じと、テレビのアングルで見るのでは見え方が全然違います。上から見るとカッコよく見えて下から見ると下手に見えるというほど違いがある。小さい頃からやっているような相手は僕よりはるかに手足も長く、その辺で感覚が狂ってくるので、なるべく試合と同じ目線で見るようにはしているのですが、なかなか映像だと難しいので、頭でイメージをします」
もともと格闘技を始めたきっかけは?
「原体験としては小学4年生くらいから少林寺拳法を習い始めて週一回程度、遊び感覚で高校まで続けていましたが、そこはレクリエーション的な色合いが強かったですし、そもそも型がメインなので実戦向きでもなかった。原点として僕はジャッキー・チェンのアクション映画などが好きな影響からテレビでKー1など格闘技も見始め、“いつかキックボクシングをやりたい”と思っていました。レミー・ボンヤスキー選手などの外国人選手が活躍していた頃を経て魔裟斗選手の試合を見るようになってから“カッコいいなぁ”と。あんなふうになりたいと思いました。ただ両親がキックボクシングに良い印象を持っていなかったですし周りにその環境もありませんでしたので、中学・高校にかけては強豪校でサッカーをやっていました。でも家ではサッカー日本代表戦の中継ではなく魔裟斗選手の試合を見ながらサッカーで応用できそうなプレーを探していました(笑)」
名門の関西大学に進学し、部活で少林寺拳法を新たに始めたとのことですが、どのような経緯で?
「とにかく”普通の道を歩んでほしい”と思っている両親でしたからね。ただ、実は僕、勉強ができなくて(笑)、そんな自分がどうやったら良い大学に行けるかを考えたんです。自分のレベルに合った大学に落ち着いているようでは無気力になってしまうから一発逆転しなくてはいけないと思いながら、やっぱり普通に勉強するのはイヤで(笑)、今の自分のアタマで受験勉強をせずに良い大学に入る方法を徹底的に調べた結果、AO入試にたどり着いたのです。一般入試よりも倍率が高いのですが、自分は高校時代に書道十段を取り全国大会にも出たので関西大学の入願資格に該当しました。これなら行ける!と思ったのですが、今度は2000字程度の志望動機が書けない(笑)。部活を早期引退して夏休みに誰もいない校舎に自分で鍵を開けて入り、朝9時から夕方6時までひたすら文章を書きまくって、なんとか形にして合格しました。ある意味バカだったからできたのかもしれませんね(笑)。それで、“入れてよかった”という安堵感から大学時代は遊んで終わろうかと思っていましたが、その矢先に少林寺拳法部に勧誘されて刺激を受け、大学時代は部活に費やしました。周りも何かに対して真面目に取り組んでいる人が多くて、夢中になってアツくなることをちゃんと尊重しあって会話もできる。僕自身は変わり者だと自分でも思いますし、人付き合いも得意なわけではないですが、多分まっすぐ前だけを見てきたから、人との出会いに恵まれたのでしょうね。もし周りが適当にやっているような学生たちだったら“へー”で終わってしまっていたでしょうから」
大学卒業後はサラリーマンをやっていたそうですが、どのようにして今に至ったのでしょうか。
「繊維業界の会社で丸3年働いて、ハードでしたけど仕事は好きでした。大学時代からの縁で22歳からキックボクシングをやりはじめたのですが、会社員時代は残業して家に帰ってそれから練習という生活で、会社を辞めようという気持ちに完全に切り替わったのは退職する2~3カ月前のこと。“これは違う”と。めちゃくちゃに聞こえるかもしれませんが、フィジカルな意味で“落ちていく自分を見たくない”っていうのがあったんです。サラリーマンをやっていると練習計画を立てても練習にならず、そもそも残業で練習に行けないかもしれない、さらに業務によって2~3カ月間は練習をできない時期があったり、そういうことが続いていく中で“このままでいいのか?いや辞めよう”と。“自分だったらもっとできる”という感じがありました」
“普通“を望むご家族にとってはショックだったのでは?
「今はもう修復したのですが、仕事を辞める頃には喋らなくなっていて1年半ほど親子の縁を切ったような感じでした。紆余曲折ありながらも大学まで出て一部上場の企業に就職したのに、何故わざわざ道をそれるような、しかも起業などの明確な目標のためではなく、僕の場合は“格闘技”をやると言う。もともと格闘技に対して良い印象のない家庭で怪我もつきものの世界で“まさかうちの子がそんなことやって大成するわけがない”と、まあ当然思いますよね。それを押し切ってしまったことは、悪かったと思っています。家族に相談できる環境にあるのにそうしなかったことへの、後ろめたさと言うのでしょうか......意固地になってしまった。もしきちんと話し合ったら格闘技はやってなかったかもしれないですよね。ですから納得してもらうためにも、結果を出さなくてはいけません。今はアルバイト生活になって、たまに通勤電車で普通の生活を羨ましく思ったりネガティブになることもあります。でも強くなるためならお金はもういいとか、結局どうなりたいかと言う時に自分が選ぶ答えは決まっているんですけどね」
そんな川﨑選手が大切にしていることや信条は?
「格言など好きなものはありまして、いくつか座右の銘をチョイスすると、“青は藍より出でて藍より青し” “勝って驕るな、負けて腐らず” “男は振り向くな すべては今”。この3つが常に頭の中、心の中をまわっています。師匠を越えて、師匠が味わっていない景色を見せたいということがまずあり、勝って驕るな、というのは自分を応援してくれている人を、がっかりさせたくないという気持ちが大きいですね」
ストイックに格闘技に打ち込んでいる中でオフはどうしているのですか?
「僕の休日はほんまにしょうもない(笑)。適当に散歩したり、カフェに行ったり、岩盤浴も。小さい頃から格闘技をやっていたら余裕もあるでしょうけど、20代から始めたキャリアを埋めようとしたら、10年以上遅れをとっているので、子どもの頃からやっている人の倍くらい練習しないと、ついていけません。だからこそ日々の練習で疲れ果てて、週末はコーヒーを飲んでゆっくりしています。唯一の癒しとしてコーヒーブレイクさえあればいい」
では、最後に、2020年の目標をお願いします。
「全勝・全KOです!」
(TOKYO HEADLINE・本吉英人)
格闘家イケメンファイル Vol.106
川﨑真一朗(かわさきしんいちろう)
1991年12月19日生まれの28歳。大阪府出身。大阪の名門・月心会所属。K-1グループには2017年10月の「KHAOS.4」で初参戦。その時は“バズーカ”巧樹に、第2戦となった「Krush.87」では鈴木勇人(現Krushスーパー・ライト級王者)に敗れ2連敗を喫するも強力なパンチでインパクトを残し、2018年8月のKrush名古屋大会で3度目のチャンスを与えられる。ここで泰斗にKO勝利してから3連勝。昨年8月の篠原悠人戦では敗れはしたものの最初にダウンを奪うなど、あと一歩のところまで篠原を追い込み、ライト級トップ戦線の実力者であることを証明した。twitter:@1zkawa

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