画像: 【徳井健太の菩薩目線】第54回 『座王』の恐怖と、“喋るけど語らない”さんまさんへの憧憬

【徳井健太の菩薩目線】第54回 『座王』の恐怖と、“喋るけど語らない”さんまさんへの憧憬

“サイコ”の異名を持つ平成ノブシコブシ・徳井健太が、世の中のあらゆる事象を第三の眼で見通す連載企画「徳井健太の菩薩目線」。第54回目は、自身が体験したお笑いの深さについて、独自の梵鐘を鳴らす――。
「恐ろしかった」、「言い訳だったんだな」。
『千原ジュニアの座王』(関西テレビ)という番組がある。主に近畿と中京の広域圏で放送されているため、首都圏の人間にはなじみのない番組かもしれない。でも、お笑い好きを自称している視聴者であれば、放送圏関係なく「TVer」で視聴しているに違いない。
番組では、若手からベテランの10名のお笑い芸人が、イス取りゲームの要領でNO.1を決めていく。イスには、「大喜利」「モノマネ」「ギャグ」といった即興ネタのお題が書かれている。イスに座れなかった芸人は、書かれているお題に鑑みて、自分が勝てそうだと思う芸人を指名し、その即興ネタで勝負を挑む。サバイバルよろしく、最後の一人「座王」となるべく、毎週笑いの殺し合いが行われる番組だ。
そんな死刑執行の様子を公開するような番組に、俺が出演した。実を言うと、当初は楽観視していたんだ。「まぁ、何とかなるだろう」、「ノリで逃げ切れるだろう」って。ところが、スタジオに入るや、空気という空気が違った。真剣で果たし合いをするときって、きっとこういう空気なんだろうな。肌が、痛かった。
俺は運よく、お題の中でも比較的得意な「大喜利」でのみ勝負をしたため、幸いなことに負けはしたもののそこまでスベらずに済んだ。ただ、もしも「ギャグ」になっていたら、俺は生き恥を晒していたかもしれない。『座王』は、一回の収録で複数週分を撮る。引き分けになると、そのお題で双方が再勝負を行う。どちらもつまらないケースも引き分けになる。つまり、「ギャグ」にしても「モノマネ」にしても相当なストックがなければ、何度も死ぬことになる。ノリでどうこうなる世界じゃなかったんだ。恐ろしい、その一言に尽きる。
おまけに、大阪の若手がものすごくギラギラしている。自分が若手の頃、先輩たちに抱いていた気持ちを思い出して、背筋がゾクッとした。俺たちのような中堅は、政治力、知力、人徳......そういったものをバランスよく伸ばしてきて今があるけど、若手は武力しか高めていない。“知力0/武力100”みたいな若手がイスを狙っている......悪い冗談かと思ったよね。事実、俺は『座王』という番組は、東京でいけしゃあしゃあとタレントじみた仕事をしている芸人を、関西の若手が斬り伏せる番組――そんな悪意にも似た鈍痛を覚えたんだ。俺やフルポンの村上にオファーを出すってことは、そういうことだろうって。
ヒャッ、ドンが絶え間なく続く、さんまさんの世界
長い時間だった。収録後、マネージャーから「また『座王』からオファーが来ていますけどどうしますか?」と声を掛けられた。わざわざ大阪まで行って、スベリにいく。鬼が出ると言われている叢林に入っていくようなもの。苦行。でも、ここで引き下がったら、いよいよ俺は「死ぬんだな」と思った。だから、また出演することにした。出たくないけど。人間、死んだと思ったときから、意外と生きられるものなのかもしれない。
笑いの話を、まだ続けさせてほしい。
先月、(明石家)さんまさんが主演を務める舞台『七転抜刀!戸塚宿』を観劇した。「言い訳だったんだな」と気が付いた。何についての言い訳か?
「ここで笑いを取ってしまったら、後々に影響が出てしまうからやめておこう」、「いま笑いを取るよりも、もう少し後の方が笑いが大きくなる」。日々、そんなことを考えながらテレビやラジオ、舞台で仕事をしている。ところが、さんまさんはお構いなし。練って、溜めて、爆発――じゃなくて、カッコいいセリフを言った何秒後かには笑わせている。シリアスな言葉でヒャッとさせて、すぐに笑いでドカンと揺さぶる。ヒャッ、ドンが絶え間なく続き、飽きさせない。「この空気は笑いを取りにいく場面じゃない」、そんなことを言い訳にしがちな俺にとって、さんまさんの舞台は衝撃そのものだったんだ。天才が努力すると、不可能が可能になる、ってこれか。夢中になった状態が、ずっと続く。
さんまさんは“喋るけど語らない”。その雰囲気が舞台上でもほとばしっていた。上演時間は3時間近くある。さんまさんは、ほぼ喋りっぱなし。それを2ステージ行う。一体、いつ練習していたんだろう。終演後、楽屋に挨拶しにいくと、いつもの調子で喋ってくれる。どうなっているんだろう? でも、さんまさんは、喋るけど語らないんだ。
※【徳井健太の菩薩目線】は、毎月10日、20日、30日更新です
◆プロフィル......とくい・けんた 1980年北海道生まれ。2000年、東京NSC5期生同期・吉村崇と平成ノブシコブシを結成。感情の起伏が少なく、理解不能な言動が多いことから“サイコ”の異名を持つが、既婚者で2児の父でもある。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。公式ツイッター:https://twitter.com/nagomigozen

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