画像: コロナで見えた「助け合い」の関係性〈前編〉【SOD女子社員・負け犬女の働き方改革】#13

コロナで見えた「助け合い」の関係性〈前編〉【SOD女子社員・負け犬女の働き方改革】#13

前回に引き続き、同じ業界にいる女性に「働き方」について聞かせていただく。
今回の話し相手:株式会社ワンルドワン広報 Yuka
L.Aからのインポートアパレルショップを15年経営の後、転職し現職。都内に5店舗あるアダルトショップとバイブバーの広報活動、バイブバーのプロデュース、イベントを企画したり、イベントに参加させてもらったり、コラムやグッズレビューを書いたりもしています。
https://www.wildone.co.jp/user_data/shopinfo.php
(前回の記事はこちら... https://www.tokyoheadline.com/500991/ )
昨年バイブバーでイベントを開催したご縁で、Yukaさんとは様々なイベントでご一緒することになった。TwitterなどSNSでの発信も多く、彼女がこの業界に入ったことで、確実にアダルト業界の幅が広がっていると感じる。
私は今アダルト業界に入って14年目だ。お話を伺うと、Yukaさんがかつて経営していたアパレルショップをたたむ決意をしたのが今の私くらいの年齢のようだ。慣れ親しんだ仕事を辞め、新しい世界に飛び込むまでに、どのような思いがあったのだろうか。
―――いきなりですが、なぜアパレル業界からアダルト業界に?
アパレル業界を辞めるきっかけの話からになるんですけど、それまでずっと自分の人生はやりたいことをやって生きてきた感じだったんですね。子供の頃から洋服が大好きで、海外に行きたいっていう夢があって、その夢を叶える形で自分のブティックをオープンしたんです。アメリカに洋服を買い付けに行って日本で販売していました。人生の割と早い段階で自分の夢が叶ったんです。
ですが、今コロナ禍でも同じような状況だと思うんですけど、東北大震災の時に、何かあったときには洋服も含めて娯楽っていうものが真っ先に切り捨てられるんだなというのを感じて。自営業で孤独ということもあって、続けていくことに疑問を抱くようになってしまったんです。
それまでの15年間は、自分のキャラクターや人柄やプライベートをSNSに載せて、華やいだ自分を演出してお客さんをつけていくっていうやり方をしていたんですけど、自分の見た目が年とともに劣化してきたと感じて、自分自身を切り売りする生活が嫌になっちゃったというのもありました。
―――その辞めようというタイミングって、もうお子さんもいる時ですよね?
そうです。娘がこれから高校受験というときに、親が無職になるという恐ろしい思いをさせてしまいました。しかも片親で。でも娘は私のことを信じてくれてて。「ママだったらなんとかなるんじゃないか」っていう信頼があったみたいで賛成してくれて、それで店をたたみました。
その後、仲のいい女優さんに誘われて芸能事務所に入ったんですけど、初日からいきなり大阪出張だったんです。そのときに行きの新幹線で、同じくマネジャーをしている男性に、「Yukaさんは夢があるんですか?」って聞かれたんですよ。当時はそんな状況だったから、もう夢は叶ってて平和な暮らしを求めてるみたいな話をしたら、めちゃくちゃ説教されて。その時38~39歳だったのに、20代の男性マネジャーに。
結局、仕事のミスがあったり、子供もまだ中学生だったので生活との折り合いが大変で、1週間くらいで辞めることになったんですが、辞めたあとに「あれだけ説教されたってことは、夢を追ったほうがいいのかな」って私も思い始めて。それで当時は筋トレが好きだったのでフィットネスの会社に就職したんですが、金銭的な厳しさもあってそこからまた転職することにしました。
―――そこからワイルドワンに。
求人を探し始めたとき、そもそも私、自営業しかやったことがなくて、自分にできそうな仕事っていうのが本当に思いつかなくて。そんなときにたまたまアダルトグッズのメーカーの求人を見つけて会社のホームページを見たら、今、私が担当しているバイブバーが出てきたんですね。バイブバーのお店の紹介を見て、インテリアとか世界観とかにすごい惹かれて、この会社に応募したんです。ブティックを経営していた経験から、面接のときに「バイブバーも任せるかもしれないけどいいですか?」っていう話になって、ぜひともお願いしたいです、と。当時は、果たして店舗の運営以外の仕事が自分にできるんだろうかと思ってたんで、それを生かすことができそうで、ありがたかったですね。
―――ワイルドワンではどんな業務を、どんな割合で行っていますか?
バイブバーの仕事が一日の業務の中の30%ぐらいになるのかな。お店の経理上の管理や、キャンペーンの企画、あとはシフトの調整もしてますし、人が足りなくなったら求人出したり面接もしています。
バイブバー以外にも、ワイルドワン(アダルトグッズ販売店)のお店のキャンペーンを考えたり、イベントの企画をしたりワイルドワン関連の商品のプロモーションの計画を練ったりもします。
普段からいろいろな企画を頭の中で考えて、勤務時間中にさばいていくっていうふうにしています。
―――未経験の業界で最初はいろいろと模索したのではないかと思うんですが、すでに経験のあった店舗運営以外の業務って、どうやって増えていったんでしょう? 分からないことが多くて、取り組むのにも勇気がいりそうに思うのですが。
私の場合、この会社に入ってから「何をやりなさい」っていう指示って特になかったんです。自分で仕事を見つけて切り開いていった結果が、今になってる感じですね。
むしろ、ずっと自営業だったんで、逆にそういうふうに自分で自主的に何かを探していく、生み出していくっていうのがすごく合ってたみたいです。自分で企画して提案して、通ればやってみようっていうスタイル。
以前のフィットネスの会社は規模の大きいところだったんですが、その時は、どれだけ魅力的な人間であっても、どれだけ結果を残そうと努力しても、大きな組織の歯車にしかなれないんじゃないかっていうジレンマを感じていて。評価はされていたほうだと思うんですけど、やっぱり私は大きな組織に向いてないんだなって思いましたね。そう思うと今は社風もマッチしているし、この会社に入れてよかったって思います。
―――これは個人的な質問なんですが、こういう働き方をしていると疲れませんか? 常に仕事のことを意識している状態が続くので、気疲れしてしまうんではないかと......。
自営業の頃って、問い合わせや発送は曜日や時間は関係なかったので、今のほうが劇的に拘束時間が短いので、ストレスはたまりません。
結局、プライベートと仕事っていろいろつながってくるんですよね。プライベートであったことがコラムのネタになったりとか、スタッフのことを考えているうちに「あの子と一緒にこの企画やろう」と思いついたりとか。常にみんなと楽しいことしたいって思ってるから、ノリを大事にする生き方が仕事にもそのまま出ちゃってる気がします。
プライベートを切り売りするのが嫌でアパレルから離れたんですけど、結局前と同じように、自分のキャラクターを出して仕事をしたり、人と人との関わりが大事だったりと、一周まわってこういう仕事の仕方に戻ってくるんだなって今は思います。
―――なるほど。そう言われると、自分が生きていく上で大事にしていることが、そのまま仕事にも反映されるのかも。仕事とプライベートの距離感って、人それぞれなのかもしれません。ところでバイブバーですが、新型コロナウイルスの影響を大きく受けたかと思います。どのように対応されてきましたか?
ウイルスの流行を受けて、3月の終わりにはお店を閉めていました。特にバイブバーのスタッフは女の子なんで、得体の知れないウイルスに脅かされながら働くのは、特に怖いんじゃないかなっていうのもあって。それにもしスタッフが感染したとしたらショップの人たちやお客さんにも迷惑がかかる。なので休業要請が出るよりも早い時期に、会社に「閉めませんか?」という話をしました。その後、会社の判断でバイブバーは5月末まで休業することに。
申し訳なかったのはバイブバーのスタッフに対してですね。一人ずつ休業のことをお話しして頭を下げて。スタッフはみんなすごく魅力的だから、バイブバーといろんなことをかけもっている人がほとんどで、だから営業再開したら呼んでくださいって言ってくれて。今はみんな違う仕事をしたりしています。この休業期間は、みんなに会えないのが何よりつらかったですね。
でもまめに連絡はとりあってて、休業中にZoom飲み会やったり。仲いいんですよ、本当に。みんなでディズニーランド行ったり、うちに集まってクリスマス会やったりとか。家族みたいな感じですね。私の娘みたいな感じ。娘であり友達であり一緒に働いている仲間みたいな感じで、働いてますね。
―――再開の見通しは立ちそうでしょうか?
5月から貸切プランをやって、6月に入ったら営業時間を夜20時までに延ばして、段階を見て22時に戻していきたいと思っています。(注:6月13日より通常通り営業再開し、現在は月曜から土曜の17時~23時30分で営業しています)
この休業期間に、除菌と衛生管理についてしっかりやっていたので、バイブバー営業再開にあたっても、厳重に衛生管理してやっていけるんじゃないかなと思いますね。お客さんが入ってきたらこう除菌してこうするっていう自分なりのルールが見えてきたので、上手く対応できると思います。
今回、バイブバーの営業を再開する前に、貸切プランを試験的にやってみたいなと思って、何か一緒にやってくれませんか?って、LINEしたりDMしたりしたら、思った以上にたくさんの人が反応してくれたんです。「こんな企画考えたから貸切するよ!」とか「取材行くよ!」とか言ってくれて。泣きそうなくらいうれしかったです。自分のことを助けてくれる人がこんなに......と思って。
アダルト業界に入ったのは39、40歳の頃だったと思うんですけど、遅く入ったほうだと思うんですよね。この業界は4年目ですが、短期間で図々しくグイグイ入っていったのに、今たくさんの人に仲良くしてもらって、ありがたさを感じています。バイブバーの休業中も皆さんに励まされて助かりました。
私はもともと、人に「助けてください!」っていうのができないまま40年間生きてきて、泣き言とかも嫌いで。でもコロナウィルスの影響で「助けてください」「ごめんなさい」っていうことがすごい多くて、人に助けを求められるまでには成長したな~って思いましたね。(笑)
というわけで今回は、大人になってからの、自分に合った仕事の見つけ方を学ばせていただいた。
次回、「年を重ねることとは」を考える。
田口桃子(たぐち・ももこ)
GIRL'S CHプロデューサー。2007年、新卒でソフト・オン・デマンド(株)に入社。
営業、マーケティング等の部署を経て、2012年よりGIRL'S CHの立ち上げに携わる。
以来現在まで、GIRL'S CHの現場リーダーとしてサイト運営をしつつ、オリジナル動画ではレポーター出演等をすることも。

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